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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1488号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の辯護人堂野達也の上告趣意第一點及び第二點について。

本件のごとく、短刀、拳銃、小銃等を使用して人を殺害して、物を強取したという案件において、これら兇器が領置、押收されている場合、裁判所が事実審理をするにあたっては、公判廷において被告人に直接これらの證據物を示し、その意見辯解を聞き適法な證據調を經た上で、犯罪の證據としれこれを判決に擧示することは、事実審として、まさにとるべき妥當の措置ではあるけれども、かくのごとき兇器等といえども、必ずしも常に、これを公判廷に顕示して證據調をしなければならないというものではない。その他の證據で犯罪事実を認定し得る場合には、事情によって、兇器等を證據としないで、本件におけるがごとく、間接に、右兇器等に對する捜査官憲の領置書若くは領置目録をとって、犯罪事実認定の資料とすることも、法律上許されないことではないのである。結局、證據の取捨、選擇は事実審の自由裁量に屬するところであるから、右のごとき物的證據を犯罪事実認定の證據としなかったことをもって、原判決に違法ありということはできないのみならず、原判決は、これらの物件を證據としなかったのであるから、證據調を經ない證據物を證據とした違法も存しないのである。また、犯罪捜査の段階において、司法警察官によって、領置された物件のごときものは、舊刑訴第三四二條の「公判期日前、訴訟關係人ヨリ提出シタル證據物」にも、同法第三二六條乃至第三二八條により、裁判所が公判期日前「集取シタル物」にも該當しないのであるから、右物件について、原審が公判において證據調をしなかったことをもって、同法第四一〇條第一三號に該當する違法ありとすることはできない。尚、論旨は、原判決が、司法警察官作成の證據物の領置書若くは領置目録を事実認定の資料としたことをもって、適法なる證據に基かずして事実を認定した違法があると主張するのであるが、右のごとき書類といえども、公務員がその職務權限に基いて作成した文書であって、その記載内容が證據品の領置に關するに過ぎないからといって、當然にその證據能力を否定する何らの根據もなく、その文書の記載内容の趣旨に從って、事実證明の用に供し得ることは勿論であり、司法警察官が本件被疑事件について、兇器等を被告人等の手から領置した事実は、右の文書によって證明されるのであって、かかる事実は、また、他の證據と相俟って本件犯罪事実認定の一資料となり得るのである。原審が本件の審理にあたって、犯罪の手段として用いられた有力なる物的證據について、直接の審理をせず、如上間接の書類を採って、これに代えたことは、事実審として妥當を缺くの憾はあるけれども、所論のごとく適法な證據に基かずして事実を認定した違法があると、斷定することはできないのである。論旨は理由がない。

同第三點について。

裁判所が、法律の規定に基いて、辯護人を選任するにあたっては、辯護人が公判期日前に、辯護の準備をするに必要な時日の餘裕をおいて、選任すべきであって、公判期日の前日に辯護人を選任するがごときは、辯護權を尊重すべき裁判所の措置として、當を得たものでないことは勿論であるといわなければならない。記録を査閲すれば、原審において、被告人久米武夫は、自ら辯護人を選任することができない旨を申出でたため、裁判所は昭和二三年六月一四日同人のため辯護士宗政美三を辯護人に選任し、翌一五日公判を開廷し、同辯護士立會の上事実審理、證據調を施行、同辯護士の辯論を經て、即日公判手續を終結したことは所論のとおりである。しかしながら、原審公判調書によれば、當日の公判には終始、右辯護人は立會ったのであるが、辯護人から辯論準備のため期日の延期若くは審理の續行を申出でた形跡もなく、その開廷並びに審理の進行について、被告人からも、辯護人からも別段の異議もなく、辯護人の辯論を經て結審となっているのである。おもうに、本件は、その内容がさして複雑というでもなく公判における事件の審理も相當詳密に行われたので、辯護人としては、特に期日の延期續行等を申請するまでもなく、公判審理に立會うことによって、十分に事件の全貌を把握し得て被告人の辯護に缺くるところのないものと信じ直ちに辯論をして、その日の結審に別段の異議を述べなかったものと推斷するのが相當である。若し辯護人において辯論準備のために、なを時間的餘裕が必要と思えば期日の延期、續行を申請すべきであって、裁判所がかかる申請をも容れず徒らに結審を急いだという場合ならば、まさに不法に辯護權を制限したというべきであるけれども、本件において、かかる形跡のないことは前述のとおりであって、かくのごとき場合においても、裁判所が職權をもって、辯論を續行しない限り、不法に、辯護權を制限した違法あるものとすることは到底首肯し難いところである。以上の次第であるから、裁判所が公判期日の前日に辯護人を選任した一事をもって、直ちに原判決に舊刑訴第四一〇條第一一號に該當する違法ありとの論旨は、これを採用することができない。(その他の判決理由は省略する。)

よって舊刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

右は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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